中庸が大切!

 外国暮らしをしていると、日本社会の隅々に行き渡るきめ細やかなサービスを誇らしく思える時がある。家回りや機械の故障にはすぐに対応してくれる修理しかり、定時に運行してくれる公共交通機関しかり。数時間単位の時間指定で配達してくれる宅配便の存在をこちらの人々に話すと、決まって驚かれる。

 先日知人と地下鉄に乗ろうとしていた時の話。反対方面はスムーズに運行しているのに、私たちが目指す方面の電車は待てど暮らせどやって来ない。夕方のラッシュアワーなのに20分近く電車は来ず、プラットホームに徐々に人がたまってきた。人々がソワソワし出した頃、ようやくアナウンスが。何でも、沿線での事故で各駅停車しか止まらないこの駅には電車が止まらないので、最寄りの急行停車駅(いずれも歩けば30分以上かかる)から乗ってくれとのことだった。

 これが日本なら、乗客は激怒とまでいかずとも文句を言い、駅の係員たちは平謝りに謝りながら懇切丁寧に振り換え輸送の案内をするだろう。場合によっては、夜のニュースになってしまうぐらいだ。でも、ニューヨークではちょっと様子が違う。発狂寸前の乗客もいないことはないが、大半は「ああ、またか」といった具合に肩をすぼめて振り換えの切符をもらいに行く。それを渡す係員も「事故は俺(私)のせいではない」とばかりに、ぞんさいに切符をばらまく。私たちも、「しょうがないね」と切符を手に歩き出した。

 ニューヨークの地下鉄のいい加減さ、もっと言えばアメリカ社会のサービスの悪さには常々呆れさせられる。一方で、たった数分の遅れや小さな手違い・間違いをも許さない傾向にある私たち日本人の意識もいかがなものかと。両方ともあまりに極端すぎる。最寄りの別路線の駅に向かって歩きながら、私たちは「日本とアメリカの中間って感じのサービスってないものかね」と嘆いた。プロ意識に裏打ちされたしっかりとした仕事、そして私たちはそれを評価し、間違いには時として寛容になる−。双方のバランスがとれた中庸の大切さを思わずにはいられない。
 ニューヨークで居酒屋や日本料理レストランというのは、今や珍しくも何でもない。でも、ニューヨークで沖縄料理屋となるとちょっと話が違ってくる。さらに全米随一と聞けば、なおさら行かない訳にはいかない−。こんな書き出しでマンハッタンにある沖縄料理店を紹介した私の記事”Okinawa in New York” が、沖縄情報カレンダー『箆柄暦(ぴらつかこよみ)』「3月の沖縄」 に掲載されました。

 そもそも何で私がこの記事を書くことになったかと言うと…。偶然にも同じ時期にNYで学生生活を送っている高校時代からの友人の旦那様が、この情報ペーパーのデザイナーさんで、記事で紹介したお店で毎月開かれるNY在住の若手沖縄県人の飲み会に一緒に参加していたというご縁で、記事は私、デザインは友人の旦那様、そしてまだ見ぬ沖縄にいらっしゃる編集長さん(三線修行のために脱サラして沖縄に引っ越してしまった、いわゆる“沖縄病患者”のお一人だそうです、笑)という思わぬコラボレーションが実現したのでした。本業外の仕事とはいえ、沖縄の楽器、三線を携えてNYにやって来ている私としては「好きこそ物の上手なれ」ということか、いつもよりも筆の進みのまあ速いこと速いこと(笑)。

 さて、この箆柄堂の沖縄情報ペーパー「○月の沖縄」。片面がカレンダー形式になっていて、その日に沖縄県内と県外各地で行われるイベントや音楽ライブの予定が日付の入った桝目の中にぎっしり書かれている。裏面が沖縄音楽のアーティスト情報を中心とした記事。沖縄好き、特に古典、ポップスに限らず沖縄音楽好きという方にはもうこたえられない内容ばかり。もっとも、沖縄どころか日本にもいない私は、ずらりと並んだライブ情報を見ながらいつも歯ぎしりしているんだけど…。

 ちなみに今回紹介した沖縄料理屋「すいび」(232 East 53rd St)は、沖縄料理を味わうなんて夢のまた夢というドイツからやって来た私が、NY到着後に初めて訪れた日本料理屋でもある。とろけそうなラフテー(豚の角煮)と透き通った泡盛を目の前に心底感激したことを、今でもよく思い出す。

 来月発売の「4月の沖縄」には、アメリカでたくましく活躍する沖縄県人の皆さんの交流ネットワークを紹介したOkinawa in New York の後編が掲載されます。
  今日は、アメリカ公民権運動のリーダーMartin Luther King Jr.牧師誕生日の祝日。そこで、近所なのにあまりゆっくり行っていなかったハーレムの歴史を辿る*ウォーキングガイドツアーに行ってみた。

Harlem


 ハーレムは元々、オランダやドイツなどの白人移民が住んでいたところに黒人移民が流入して形作られたコミュニティーだ。20世紀初頭に黒人が流入してくるきっかけをつくった集合住宅、才能ある黒人音楽家のクラシック演奏をレコーディングしていたレコード会社の跡地(当時、黒人が演奏するクラシック音楽のレコーディングを引き受けるレーベルは皆無だった)、1990年代のハーレム再生を住宅プログラムへの資金援助などを通じてリードしてきた、地元で最も影響力の強い教会の一つAbyssinian Baptist Churchなど、通り一遍の旅行ガイドであれば一切載っていない場所をめぐる約2時間。終日氷点下という冷凍庫の中を歩くのはかなりきつかったが、「ハーレムの歴史は黒人の公民権運動だけではなく、その前からもその後も多様性を持って脈々と続いているということを知ってもらいたい」と話してくれたガイド役のお兄さんのお陰で、一味違ったハーレムの一端に触れることができた。

 キング牧師の“I have a dream. I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed.”の名演説から40年余。64年の公民権法成立以降、黒人をはじめとするアメリカのマイノリティーの生活や社会的地位は確かに向上した。しかし現実には、例えば年間世帯収入が1万ドル以下の貧困層の割合はハーレムでは約33%と、いまだにニューヨーク市全体の平均(約18%)をかなり上回っている。90年代の再開発によって安価で清潔な集合住宅が飛躍的に増えたものの、それに伴って一帯の不動産価格が高騰し、ハーレムを去らなければならない人々も数多いと聞く。こうした階層の人々は、ハーレムのさらに東に広がるイーストハーレムに移り、人種別のコミュニティーを形成している。キング牧師の夢だった「人種間の融合」は果たして達成されたか−。キング牧師は、天国で夢の続きを見ているに違いない。

*ニューヨーク市内の大学で歴史学を学ぶ修士以上の学生が案内してくれるウォーキングツアー。ハーレム以外にもマンハッタンを中心にニューヨーク市内各地でツアーを催している。英語OKの人はぜひお試しを。
http://www.bigonion.com

こちら↓のウォール街ウォーキングツアーもなかなかおすすめ。うれしいことに無料です。 http://www.downtownny.com/default.aspx?sid=48

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