最も憂鬱な日

 1月24日が特別な日だと言うことを、今日初めて知った。一年で最もうつ状態に陥りやすい日(The most depressing day)なのだそうだ。英国の研究者によって数式で証明されてもいるこの日、一体どうしてそうなのか?

Because of this weather
この時期は1年で最も寒いから。ニューヨークを含む米北東地域はこの週末、記録的な猛吹雪に見舞われた。外に出ればマイナス5度程度は当たり前。加えて、耳を切るような慢性的な強風。せっかくの恵みのお日様もすぐに沈んでしまう。ついつい、出不精になってしまいそうだ。

Broken New Year’s resolution
「今年は○○をするぞ!」「今年こそ××をやめるぞ!」という新年の誓いが、そろそろ続かなくなってくるから。私の場合、ミュンヘンに戻った時に備えて毎日少しずつドイツ語を勉強しているのだが、なぜか今のところ続いている。この時期、家にこもりながらでもできる勉強や読書、趣味系のものは続けやすい反面、ダイエットや禁酒・禁煙あたりは厳しそうだ。

Burden of Holiday Debts
クリスマス時期のショッピングの借金返済時期に当たるから。まあ、これはクリスマス商戦のPRに乗らずに冷静にしていれば避けられることではあるが、クリスマス時期になると“病的に”買い物をする人が多いこの国にいると、それもなかなか難しいそうではある。

 今年はこの日が週明け月曜日に当たり、勤め人にとってはダブルパンチで憂うつな日だったのだろう。ヨーロッパ(南欧を除く)や北米では、天候によって気分が左右される人が相対的に多いようで、この時期になると「冬場のうつをどう克服するか」といったトーンの番組やワークショップなどが確かに多い。しばらくこの天候が続くかと思うとつい本当に沈みがちになってしまいそうだが、憂鬱なことばかりでもない。例えば、少しずつ日が長くなっていることを発見できる夕方。ちゃんと春は近づいてくれていると思うと、少し元気になるから不思議だ。
 3週間ぶりにニューヨークに戻った。ということで、表題の「砂上のメガロポリス」はニューヨークのこととお思いかもしれないが、実はこれ東京のこと。世界最大の再保険会社ミュンヘン再保険が先日公表した、世界各地の大都市の自然災害や異常気象などによる被害リスク指数で、東京・横浜圏が二位以下を大きく引き離してダントツのトップとなり、「世界で最も脆弱な都市」という不名誉な烙印を押されてしまったのだ。

 これを報じた1月11日付の共同通信の配信によると、海沿いに位置する東京・横浜圏は周辺と合わせて3500万人が居住し、火山噴火、地震、台風、津波、洪水の危険が極めて高いと同社は指摘。大地震の際には数十万人が犠牲になり、経済的損失は数兆ドルで世界経済への悪影響も大きいとしている。各種リスク要因を基に算出した東京・横浜圏のリスク指数は710で、2位のサンフランシスコの167を大きく引き離した。

「Megacities - Megarisks」(英語)

 報告書の78−79ページに掲載されているリスク指数の都市別一覧を見ると、世界一の大国アメリカで最も大きい都市ニューヨーク(人口約800万人)の指数が42、世界第3位のドイツで最も大きいベルリン(人口約330万人)に至ってはたったの1.8だった。地震や津波の心配をしなくてもいい両都市と比べるのは酷だという見方もできないではないが、一覧表にある「City GDP in percent of country's GDP (国全体のGDPに占める都市のGDPのパーセンテージ)」に注目すると、それだけで事は片付かないことが分かる。

 見てみると、東京は40。災害による被害リスクが世界で最も高い場所で、日本は国全体の40%ものGDPを稼ぎ出しているということになる。これに対して、アメリカとドイツの経済中心都市ニューヨークとフランクフルトはともに10%以下。ニューヨークもマンハッタンに限れば人とカネの集中度は東京並みだが、ひとたびマンハッタンを出て電車で30分も走れば、信じられないようなのどかな風景が広がる。

 ちなみに、両国とも政治の中心都市=首都は別の場所。さらに言えば、ドイツでは一部の省庁は国内の別の大都市に分散されている。何もかもが集中するがゆえに好むと好まざるに関わらず人々が暮らさざるを得ない東京に、いよいよ大災害が押し寄せたとしたら−。東京がいかに危うい状態の中で成り立ついびつな都市であるか、日本は一刻も早く地方分権と首都機能分散(移転ではない)を進めるべきだということを、データは如実に語っている。

 今のままでは、東京は持続可能ではなく、ろくなリスク管理もないままいつか破滅を迎えるのかもしれない。このニュースを教えてくれた夫の言葉を借りれば「世界にも例のない病理都市」、それが東京なのだ。
 米大リーグ、ニューヨークヤンキースがアメリカンリーグ東地区優勝を決めたヤンキースタジアムでの試合を運良く観戦することができた。松井選手の同点ホームランにサヨナラ勝ちという最高の幕切れに、ヤンキースが勝利すると試合終了後に流れるフランク・シナトラの「ニューヨーク・ニューヨーク」を聞きながら、ニューヨークに来た喜びがじわじわと湧いてきた。

yankees


 大リーグを見ていていつも感心するのは、チームとファンの地元志向の強さ。大阪のジャイアンツファンのような人たちはもちろんこの国にもいるけれど、ニューヨーカーならやっぱり白地にストライプのユニフォームと紺色のキャップをこよなく愛している。チームの側も、オフの日には学校や福祉施設を訪問したり、試合前に地元リトルリーグ対抗のホームラン競争を企画したりと、ありとあらゆる手を駆使して地元とファンを大切にする。そこまでされると、地元だってファンだって絶対悪い気はしないはず。ニューヨークのメディアがヤンキース勝利のニュースをいつも狂喜乱舞して報じるのも、チームに好意的な地元とファンの心理を反映しているのだろう(その代わり、チームが成績不振の時は容赦ないのだが…)。このような環境は、大リーグの他のチームにもだいたい当てはまる。プレーオフに進出したチームの地元では、どこも似たような微笑ましい熱狂に包まれているに違いない。

 ヤンキースのホームゲームでは、試合開始前のオーダー発表時に“Ladies and gentlemen, this is your Yankees!”というアナウンスが流れてくる。近鉄とオリックスの合併に端を発した再編論議で大いに揺れた今シーズンの日本のプロ野球界を思うにつけ、アナウンスは「ヤンキースはオーナーやスポンサー企業のものではなく、あなた(ファン)のためにある」と言っているようにも聞こえてくる。その日本のプロ野球界にも、地方都市を本拠地とした新規チーム設立への流れや前オリックス監督の石毛博光氏が構想した「四国独立リーグ」といった新しい動きの中に、押し戻し難い地元志向の芽生えが見て取れる。チームは企業の所有物という発想から抜け出して、それぞれのチームが地元やファンに「私たちのもの」と思ってもらえる存在になれれば、日本の野球界だって生まれ変わることができるはずだ。
 あれからもう3年。9月11日、同時テロ事件の犠牲者への追悼式典が行われたワールドトレードセンター(WTC)跡地を訪れた。今日は仮住まいから本住まいへの引っ越しで実は慌しかったけれども、どうしても今日というこの日に行っておきたかったので、荷物の整理もそこそこに出かけて行った。

 跡地を囲む鉄柵には、無数の花束や亡くなった人たちの写真、そして彼らに宛てたメッセージが差し込まれている。それはいわゆる死者を悼む際のお馴染みの光景と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、約3000人もが一瞬にして“殺された”という圧倒的な事実を前に、この場で正気を保つのはやはり難しい。涙をぬぐって再び歩き出すと、周りにも同じような人たちが大勢いた。

 追悼の場には、同時テロ事件を通して思い思いの主張をする人々の姿があった。テロ直後の救出劇のさなかに亡くした同僚2人のことをまとめた回顧録を自費出版したという消防士。軍服姿の男性の写真とともに“ブッシュのウソでこれ以上の犠牲を出すな!”と書かれたメッセージボードを掲げる初老の女性もいた(写真)。9.11

ニューヨークに来てまだ1カ月もたっていないのだが、ここには事件によって肉親を亡くした直接的な被害者ばかりでなく、彼らの苦悩を共有したことによってこの悲劇を間接的に体験した人たちが大勢いるということを実感している。

 WTCでの事件の犠牲者のうち、遺体や遺骨で身元が確認されたのは1500人余にとどまり、4割以上の犠牲者の遺族が遺骨もないまま今日に至っているという。ブッシュ大統領のお題目である対テロ戦争への“勝利”がもたらされたとしても、犠牲者は戻らないし、人々の悲劇の記憶を消すこともできない。そう考えると、むなしさでいっぱいになる。

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